「成功体験より、大事なもの。」
顧問の先生が、こんなことを言ってきた。
「〇〇君には、大会に出てもらいたいんですよ」
「リレーとか駅伝とか、チームで結果を出して、成功体験をさせたいんです」
……うーん、わかる。
その気持ちは、100歩譲って理解できる。
でも、それ、息子に合ってると思ってます?
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そもそも息子は、個人競技のつもりで陸上部に入った。
自分のペースで、自分の力を試したかった。
チームプレーは、相性や空気感がとても重要。
ただでさえ人間関係に敏感な息子にとって、
「一緒に走るメンバーと上手くいかない」ってだけで、気持ちは一気に冷めてしまう。
でもね、決めつけるのは良くない
そう思って私も背中を押してみたのよ
で、実際はね、やっぱりか…という展開よ
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走りに集中できない。
メンバーとのちょっとした衝突。
あれこれ指し図されイライラモード
息子のやる気スイッチは、完全にオフ。
それを見て顧問がまた言う。
「チームの邪魔するな」
「雰囲気を乱すな」
「なんでお前だけ、やる気ないんだ」
……違うんだよ。
できないんじゃなくて、合わないだけ。
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だから本人も言ったんだ。
「駅伝、出たくない」って。
「補助にまわりたい」って。
私もその決断を尊重した。
苦手なことを無理にやらせるより、できることで力を発揮する方がずっといい。
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で、大会当日。
息子は、競技の補助員として参加。
選手の誘導、器具の準備、タイムの管理。
練習以上に、よく動いて、よく働いて、めっちゃ輝いてた。
生き生きしてた。
本当に、キラキラしてた。
私は、嬉しくてたまらなかった。
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でも――
それを見た顧問の一言。
「こいつ、楽してますよー」
「練習してないんだから、そら楽しいでしょうねー。あはは」
……終わったと思った。
この人には、何も伝わっていない。
努力の形は、ひとつじゃない。
頑張る場所だって、人によって違う。
それを、“正解”を決めつけて、笑い飛ばす――
もう、限界だった。
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そして追い打ちのように、中2の夏。
大会の日、会場で――
顧問が突然、部員全員の前で言い放った。
「お母さん、こいつ何もしてないですよー」
「何しに来てるんですかー??」
公開処刑。親子で、舞台のど真ん中。
私は、立ち尽くすしかなかった。
何か言いたかった。でも、声が出なかった。
笑って誤魔化すだけ
ダメな母親だ、最悪…
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あのとき、はっきり思った。
もう、この環境にはいられない。
それでも、息子はその場に立ってた。
泣かずに、逃げずに、下を向いたまま立ってた。
それが、私には本当にすごいと思った。
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“成功体験”って、
誰かが与えるものじゃない。
本人が感じて初めて、それは意味を持つ。
先生が思う「成功」と、
私たち親子が感じていた「達成感」は、
あまりにも違っていた。
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次回予告:
🟡第11話「やめる決断、逃げじゃない。未来への第一歩。」